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抗がん剤治療中のヘルプマークの利用

胞状奇胎・侵入奇胎
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ヘルプマークの利用について考える

2012年10月から東京都で配布され始めた「ヘルプマーク」。

恥ずかしながら、私は今回の抗がん剤治療をきっかけに、イタリア人の夫から教えてもらい、その存在を知った。


↑ヘルプマーク。ウィキペディアより。

夫から勧められるも、「必要ない」と断る

抗がん剤の通院治療が始まった時、片道40〜50分を要する電車移動を心配した夫が、スマホにこのヘルプマークの画像を表示し、見せてきた。

夫:「これ、駅でもらえるらしいよ。使った方が良いよ。」

私:「…何これ?」

その時ヘルプマークというものを知らなかった私は、早速この赤い十字とハートのマークについて調べてみた。

ヘルプマークとは
義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見から分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマーク

「内部障害」というのが、かなり広義に捉えられる表現だ。

駅で申告すれば、特に病院の診断書を要することもなく、誰でも入手できるらしい。

…誰でも入手できる、という点が引っかかった。

私からしてみると、特に病院からの証明書も必要とすることなく誰でももらえてしまうという点が、逆にもらいづらいと感じてしまう。

病院や市役所が、必要な患者や障害を持たれている方に「使いましょう」と配布して利用を促してくれるならともかく、欲しいと言えば誰でももらえるカードが、果たしてどこまで世間の優しさを得ることができるのだろうか。

私がひねくれているだけかもしれない。

しかし、世の中、偽の闘病ブログを綴って世間の同情を得て金儲けをしている人もいるくらいだ。

このカードの認知度が上がり、「誰でももらえるらしい」ということまで周知の事実となった時、(本当にコイツ病気かよ?)という目で見られてしまわないだろうか。

そして結局、「本当かどうか分からないし、いいや」と無視されて席を譲ってもらえることもない。

「自分は病気です」と知らせるだけ損なだけだ。

そもそもこのカードを提示して「席を譲って下さい」というプレッシャーを他の人にかけるのも気が引ける。

結局そんなところまで考えが至ってしまった私は、この時、

いいや、私には必要ないと思う。

と答えたのだった。

私の場合、ラッシュ時間帯を避けて通院できていたので、途中の駅から座って行けたし、帰りの特急はガラガラだったので問題無かった。

なので、わざわざこのカードを提示して「私は抗がん剤治療をしています。」などと世間の目に自分を晒すこともないと思ったのだ。

通院中の電車内で直面した「席譲れよ」のプレッシャー

ところが、ある出来事をきっかけに私の考えは変わった。

いつものように抗がん剤治療のために電車で通院していたある日の朝。

この日も、副作用で気分が悪く、真っ直ぐ立って電車を待っているのも辛かった。

こんな日に限って電車が遅れる。

しかも、かなりの遅れだったようで運行本数が間引かれていた。

ただでさえ10分に一本しか無い電車が間引き運転となったおかげで、次に来た電車はラッシュ時のような混雑になっていた。

普通席の前はもう満員で、入り込めそうなスペースは優先席の前しかなかった。

いつも夫は私の隣で私を庇うように立ってくれるのだが、この日は仕方なくスペースのある所にそれぞれ離れて入り込むしかなかった。

何とか空いていた吊り革の一つに掴まると、気分が悪くて真っ直ぐ立っているのがしんどく、つり革にしがみ付いてぶら下がっていた。

このまま40分間立っているのはしんどいな…と思っていたその時。

運の良いことに、次の駅で私の正面に座っていた人が降りたので、優先席であることに罪悪感を感じつつも、座ることにした。

幸い、周囲にお年寄りはいなかった。

良かった。これで何とか病院まで無事に辿り着ける。。

そう思って一眠りしようとしたところで、次の駅で気分の悪そうな若い女性が「すみません、すみません」と言いながら奥まで入って来、私の前までやって来たかと思うと、下腹を抱えてしゃがみ込んでしまった。

私はうっすら目を開けてその光景を目にして戸惑う。

彼女は他の乗客から「大丈夫ですか?座った方が良いんじゃない?」と声をかけられている。

席を譲るべきと思われているのは、もちろん、一見元気そうに見える私だ。

私に注目が集まっているようで背中に緊張が走った。

いつも私を守るように正面に立ってくれる夫は、この日に限って人波に流されて離れた所に行ってしまい、この光景には気づかない。

私の隣でゲームをしている男性が譲ってくれることを願ったが、もちろん知らんふりだ。

具合の悪い人、お年寄り、席を譲られるべき人が乗車して来た時、当然、その正面に立たれた人が(席を譲れ)という、周囲からの無言の圧力をかけられる。

私は、普段であれば、自分の正面ではなくとも、席を譲られるべき人が近くにいれば、必ず譲るようにしている。

でも、この日ばかりは「譲らないこと」を許して欲しかった。

私の前にしゃがみ込んでいた女性も苦しそうだったが、私も気分が悪く、とてもではないが40分も立っていられる状態ではなかったのだ。

しかし、外見からすればただの眠っている若い女。

無言になった車内で、誰もが(アイツ席譲ってやればいいのに)と思っていたに違いない。

目を閉じていても、寝られなかった。

座っていることに罪悪感を感じ続けたこの時間が、気が遠くなるほど長く感じた。

幸い、私の横の青年が次の駅で降りて行き、正面の女性は座ることができた。

この数分間は、座っていても拷問のように辛かった。

「席を譲らないこと」を許されるために「ヘルプマーク」を持つ

もしも私の隣の男性が次の駅で降りなければ、私は無言の圧力に負け、この女性に席を譲っていたかもしれない。

そして、アホなことに、今度は私が耐えられなくなってしゃがみ込み、誰か他の人が私に席を譲ってくれるのを待つのだ。

本当に馬鹿馬鹿しいが、満員電車で殺伐とした電車内の乗客同士のコミュニケーションには限界がある。

そうまでしないと「座って良い」という、周りからのジャッジを受けるのが難しいのだ。

そんなことを考えていると、やはり抗がん剤治療中はこの「ヘルプマーク」を携行するべきなのかもしれない、と思う。

ヘルプマークは、何も「私に席を譲れ」というプレッシャーを与える用途に使う必要はなく、自分が席に座れた時にそっと見えるように提示しておき、「席を譲れる状況ではないことを、自分の代わりに周囲に教えてくれる役割で持っていたって良いのだ。

周りにとっても、きっとその方が良いことだってある。

誰か譲ってくれそうな人の前を狙って立つ人にも、(ああ、この人は望みがないな)と思って諦めてもらえる。

また、もしも私が、優先席に若い元気そうな女性が座っていて、その目の前で別の女性がお腹を抱えてしゃがみ込んでいたら、(あの人、席を譲ってあげればいいのに)と、無言の圧力をかけてしまう側だったかもしれない。

そして後から、自分が心の中で責めていた女性も実は配慮が必要な人だったと知ったら、心の中で責めてしまった自分に罪悪感を感じることだろう。

そんな風に無駄に険悪な雰囲気を作り出さないためにも、投薬通院中は勇気を出してヘルプマークを携行した方が良いのかもしれない…今はそんな風に思う。

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