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胞状奇胎の闘病記 | 1. 胞状奇胎の宣告

胞状奇胎・侵入奇胎
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妊娠の喜びから一気に奈落の底へ

2018年1月下旬、妊娠の発覚と1度目の妊婦検診

1回目の妊婦検診

今年の1月の末、2週間ほど高温期が続いていた。

もしやと思い妊娠検査薬で検査してみると、陽性反応が出た。34歳にして初めて見た妊娠検査薬の線に心が踊った。

その日のうちに夫にも報告。夫もとても喜んだ。

実はこの直前に卵巣嚢腫の摘出手術をしていたため、手術の影響が無いか心配になり、すぐに病院へ向かった。

担当医A:「受精時の受精卵の大きさでは手術の影響を受けることは無いと考えて良いです。また、まだ母体からの栄養を取る段階ではないので、心配する必要は無いですよ。」

ひとまず安心してエコー検査を受ける。

直径3mmほどの小さな胎嚢が見えた。

担当医A:「胎嚢のような影は見えるけど、ちょっと小さ過ぎますね。また来週来てください。」

まだ確実では無いことは分かっていたものの、喜ぶ気持ちは抑えられなかった。

実の母にも報告したくてたまらなかったが、ぬか喜びになると申し訳ないので、我慢した。

次週の検診まで、受精卵の成長についての動画を見たり、夫と子供の名前をあれこれ考えてみたり、幸せな日々を過ごした。

産院の予約

気が早いと思いつつも、無痛分娩ができる産院の競争率が高いという話も聞いていたので、自宅か実家周辺で評判の良い産院を探し、実家の近くに評判の良い人気の産院を見つけたので早速予約した。

やはり人気のようで、初診の予約が取れたのは2週間先。

楽しみ過ぎて仕事中もママリなどのプレママ相談サイトを見てしまい、暇さえあればお腹の中の息子か娘の名前は何にしようかと考えてはニヤニヤしていた。

基礎体温の若干の低下

そんな折、それまで37℃台だった基礎体温が、36.7℃に落ちて不安になる。

しかし、そのあとは36.5℃以上はキープしていたし、不正出血も無かったのでひとまず次の検診まで様子を見ることにした。

2018年2月初頭、2回目の妊婦検診

翌週、再び大学病院へ。
この日はいつもの担当医ではなく、少しドライな感じのメガネ美人の女医Bだった。

この日も夫と一緒に内診室に入り、エコー検査を受ける。

この女医は遠慮なくゴリゴリと器具を掻き回してくれたため、痛みでしばしば呻き声をあげたが、全く気にする様子もなかった。

先週3mmだった胎嚢は12mmに成長していた!
エコー検査の画面には、はっきりと豆のような形の胎嚢が映っており、私も夫も感激の声を上げた。

しかし、診察室に戻ってみると。

女医B:「小さいですね。もしかしたら成長が止まってしまっている可能性があります。」

私:「え。でも先週から9mm成長しているのに、ですか?」

ネットで調べたところ、この時期(妊娠4週目〜5週目あたり)は1日1mmずつ成長するということだったので、1週間で9mmであれば標準ではないのか?

女医B:「ええ。でもこの週数だと20mm無いといけないので、12mmは少し小さいです。もし成長が止まっている場合は流産になりますが、今の所は何も言えません。また来週来てください。」

胎嚢ははっきり見えた幸福感は吹き飛び、不安を抱きつつ病院を後にした。

エコー写真でもこんなに胎嚢がはっきり見えているのに…

私の生理周期は38日〜40日と、平均と比べ10日近く長い。

恐らくあの女医Bは妊娠5週目を基準としていたかもしれない。4週目ならこの大きさで問題無いはずだ。

帰宅すると、「胎嚢が小さい」というキーワードで検索していった。

胎嚢の成長が遅い子もおり、初期の頃に成長が遅くても、後からすくすく育っていくこともあるらしい。

何より私の高温期は続いているのだ。

お腹のベイビーは絶対大丈夫だ、と夫と結論付けた。

2018年2月中旬、枯死卵?

大学病院の検診の前に、その週の週末に予約していた実家近くの産院の初診があった。

夫も私も、無事心拍確認ができることを祈りつつ、産院へ向かった。

人気の産院というだけのことはあり、高級ホテルのような内装に、中へ入るとアロマの良い香りが漂い、ヒーリングミュージックがかかっていた。

完全予約制だけあって、スムーズに順番が来た。
診察を担当してくれたのは、ネットの口コミでも評判の院長、E先生だった。

E先生:「生理周期から考えても、今日で妊娠6〜7週目くらいかな。今日は心拍が確認できると思いますよ!早速見てみましょう!」

優しく明るいE先生の笑顔に、不安だった気持ちが吹き飛び、今日こそは我が子の心拍が確認できる!と期待に胸を膨らませて内診室へ入った。

モニターにエコー画像が映る。

胎嚢は…大きくはなっていたが、形がややガタガタしていた。。

E先生:「胎児の組織が見当たらないし、胎嚢の形が少し崩れてしまっているように見えるね。もしかした枯死卵かもしれません。」

枯死卵…?何?枯死卵って!?枯れて死んでしまったということ?

E先生:「ただ、胎児がお腹の裏にいっちゃってて見えないっていう可能性もあるからね。来週まで様子をみましょう。」

絶望的な気分で産院を出た。

妊娠したら普通にベイビーが育っていくのではないのか?

私の周りでも流産した友人など聞いたことがない。

やはり卵巣嚢腫の手術が少なからず悪影響を及ぼしたのか?

その週は気が気ではなかった。

不安とは裏腹に、酷いつわりが始まった。

普通の吐き気とは異なるが、とにかく気持ちが悪くて何も食べる気にならない。

唯一食べる気になれたのはコンビニのおでんの大根とレモンウォーターだった。

リモートワークが推進されている会社に勤めていたおかげで自宅で仕事ができたのが幸いだった。

こんなにつわりが酷いんだから、胎児が無事に成長してるとしか考えられないと、そう自分に言い聞かせた。

胞状奇胎の疑い

翌週、一重の望みを託し、つわりで気分が悪いながらも、再び産院へ通う。

夫も会社の午前休を取って付いて来てくれた。

緊張した面持ちで内診室に入る。

エコーには…胎嚢らしい影は映っていなかった。

E先生:「胎嚢が消えてしまったみたいだね。残念だけど、これ以上は妊娠の継続は見込めないなぁ。」

申し訳なさそうに言う。

そして、診察室に入ると、E先生の顔にはさらに深刻な表情が浮かんでいた。

E先生:「ちょっとこのエコー写真を見てくれる?この辺にブツブツしたのがあるのが見えるかな?これは『ホウジョウキタイ』の恐れがあるから、早急にソウハ手術をした方が良いね。」

ホウジョウキタイ?ソウハ手術?

何のことかさっぱりだった。

E先生:「ホウジョウキタイって言うのは、漢字では『胞状奇胎』と書くのだけど、これは受精卵の中の絨毛組織が、水泡状に膨れ上がってどんどん増えていってしまう病気なんだ。このまま放っておくと、侵入奇胎に発展するか、さらに絨毛癌にまで発展してしまう少し注意が必要な病気なんだ。」

え…?ちょっと待って、突然「癌」って言葉を出されても…

もはや思考が追いつかなかった。

日本語の分からない夫が横で怪訝そうな顔をしているが、私自身理解が追いつかなかったので訳しようもなかった。

E先生:「まあ、早い段階で見つかったから、すぐに掻爬手術を行えば侵入奇胎や絨毛癌に発展する可能性はほとんど無いと考えて良いです。もう胎嚢は消えてしまったので、早急に手術することをお勧めします。」

もはや赤ちゃんは消えてしまった。。

そしたらもう、こんな酷いつわりに耐える意味は無い。

先生の指示に従うしかなかった。

掻爬手術は取り残しが無いように2回に分けて行うらしく、3日後に1回目の手術の予約をし、産院を後にした。

悪化するつわり

掻爬手術までの間も、つわりはどんどん酷くなっていった。

何も食べられないのに、トイレでゲーゲー吐きながら、一体何のためにこんなに苦しんでいるのか分からなくなり、目に涙が滲んで来た。

これも赤ちゃんが育っている証拠だと思えるのなら耐えられた。

が、代わりに育てているのはもはや癌化する可能性を秘めた悪性細胞なのだ。

こんな残酷な病気があって良いのか。

卵巣嚢腫の手術の後、「子宮はとても綺麗ですね。」と医師に褒められたのを思い出した。

綺麗だった私の子宮が、悪性細胞に取り憑かれ、さらにそれを掻き出す為に3日後には手術でボロボロに傷つけられるのだ。

悲しくて悲しくて、仕方がなかった。

手術前日の夜にはつわりはピークに酷くなり、普通に座っていることもできず、床にへたり込んでしまっていた…

hcg値は測っておくべき

今思えば、この時はhcg値を測ることは無かった。

他の方のブログを読むと、胞状奇胎の疑いがある場合はhcg値も計測している。

掻爬手術前の私のhcg値は一体いくらだったのか。。

思い返せば聞いておけば良かった。

このブログを読んで下さっている方も、後の重要なデータとなるので、胞状奇胎の疑いと言われたら、医師が測るよう指示しなかったとしても、自分から採血を依頼することをお勧めする。

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