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胞状奇胎の闘病記 | 5. hCGの上昇と臨床的侵入奇胎の宣告

胞状奇胎・侵入奇胎
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さらなる絶望へ…

5月21日、「侵入奇胎疑い」の宣告

hCGの上昇

1週間前に不正出血があったことでやや不安には感じつつも、そこまで心配することもなく、3回目の検診で再び産院を訪れた。

いつものように問診室へ通されると、いつもにこやかなE先生が少し神妙な面持ちで入ってきた。

E先生:「えーと、ちょっと説明するとね、前回血液検査をしたのが4月中旬。だから術後8週間になるから、この時点で100mlU/mlを切っていればOK。だけど、今回の検査結果を見ると…」

先生の手元の検査結果表を見ると…

hCG:680mlU/ml

私:「え…?」

E先生:「上がっちゃってるんだよね〜。これは次の段階に進んでしまった可能性があります。次の段階っていうのは、侵入奇胎か絨毛癌。もちろん、一時的に数値が上がっただけで、後は順調に下がってくということも有り得るんだけど、この病院では精密検査が出来ないから、大学病院に行くことをお勧めします。T病院のW先生という先生に紹介状を書くから、なるべく早めに行くことをお勧めします。」

私:「…。」

事態が飲み込めずに、私の脳は思考停止した。

部分胞状奇胎が侵入奇胎へ進行する可能性は全患者の0.5~4%という。

そのたった0.5~4%というごく僅かなアンラッキーな側にまさか私が当選してしまったのか…?

何で?何がそこまで私を追い詰めるの??

固まっている私に申し訳なさそうにE先生は言う。

E先生:「でも侵入奇胎も絨毛癌も、早めに治療を開始すれば抗がん剤治療でほとんど治る病気だし、また妊娠も望めるから。これから紹介状を用意するから待合室で待っててください。」

私:「ありがとうございます。」

抗がん剤治療という響きだけで恐ろしかった。

癌など、自分とはずっと遠い存在だと思ってきたのに、突然こんな身近な所に現れるとは。

待望の赤ちゃんがまさかの癌化。

もう笑うしかない。

そしてこの時、何となく、E先生に見放されてしまった気がした。

「もうこれ以上はこの病院とは関わりのないことだ」と。

頭では仕方が無いと分かっていたのだ。

そもそもE先生は産科の先生。
幸せな出産を迎える妊婦さん達に人気で引っ張りだこの先生なのだ。

この産院に通うことで、私も一応は「妊娠した」ということで幸せな妊婦さん達と同じ世界に所属していたような気になっていたが、とうとう道を分かつ時が来てしまったのだ。。

もはや今後私に必要なのは産院ではなく、「婦人科」だ。

お世話になったものの…産院への疑問

待合室で待っている間にふと我に返る。

あの数値は4月16日時点のものだった。この日は5月21日。

既に一ヶ月以上経ってしまっている。

もしも侵入奇胎か絨毛癌に進んでしまっていたとしたら、現時点の私のhCGはいくつなのだ?

万が一絨毛癌だった場合は、たった一ヶ月でも爆発的に増え、今頃肺やら脳やらに転移してしまっているのではないか?

この産院は何故、数値結果が出た時点で電話などで知らせてくれなかったのだろう?

予約についても完全に患者の自己責任で、一ヶ月後の予約を取ろうとしても、既に一杯になってしまっていることも多い。

…とはいえ産院は出産する妊婦さん達のための医院。

妊婦さん以外については案外ドライなのかもしれない。

ならば、胞状奇胎と判明した時点で無理にここで掻爬手術まで請け負わず、施設内に血液検査のできる機能も備えた総合病院か大学病院への紹介状を早く書いて欲しかった。

思い返せば胞状奇胎の診断時も、hCGを測らなかった。

子宮内容除去手術にしても、技術が進んだ大病院では、掻爬手術ではなく、吸引機を使った吸引除去手術をしてくれるらしい。こちらの方が子宮を傷つけるリスクは低いようだ。

E先生の機嫌を損ねることを懸念して大病院への転院を決意出来なかったことで、この一ヶ月の間にどれくらい奇胎が増殖してしまっているのか不安に駆られる日々を送らなければならなくなってしまった。

まさか自分が次段階えへ進むことになるとは夢にも思っていなかったとは言え、激しく後悔したのだった。。

家族への説明

私の場合、夫には逐一状況を共有していたものの、両親には「妊娠したが稽留流産した」との報告に留めていた。

あまり心配をかけたくなかったというのもある。

しかし、侵入奇胎・絨毛癌の可能性も出てきたとなると、そろそろ隠しきれなくなってくる。

帰宅すると両親に、可能な限り、病名を上げずに不安にさせない方向で説明した。

  • 流産した後、絨毛組織という受精卵の一部の組織が子宮の筋肉内に残ってしまっているらしい
  • よって体はまだ妊娠状態になってしまっているので、この残った組織の除去が必要
  • 精密検査は産院では出来ないので大学病院に行く必要がある

この時には母は

母:「え〜っそうなの?ちょっと大変なことになったわねぇ。。」

と、そこまで深刻な反応はしていなかった。

一方、夫には電話をかけ、

私:「hCG上がっちゃった。。つまり次の段階に進んでしまったということ。」

夫:「次の段階って、まさか。。」

私:「そう。侵入奇胎か絨毛癌。」

夫:「Oh my god… 今すぐ帰る!ガチャッ」

私:「えっちょっ…帰って来る必要ないよ!?(って聞いてないしw)」

まだ15時だというのに、夫は早々にオフィスを出てしまったようだ。

私はリモートワークを途中抜けしていたので仕事に戻らなければならなかった。

夫は飛ぶように帰ってくると、目に涙を浮かべながら「大丈夫。癌の訳はないさ。」と抱きしめてくれた。

大学病院への転院と侵入奇胎の確定

5月23日、精密検査の開始

すぐ翌日にでも検査に行きたかったが、W先生は週1しか外来に来られないようで、仕方なく翌々日の5月23日にT病院へ来院した。

紹介状を持ちW先生へ会いに来たと伝えると、スムーズに産婦人科へ通してくれた。

9時半頃に到着したが、産婦人科前の待合椅子には既に沢山の人が待っていた。

あまり待たずに予診室から呼ばれた。

入ると若い女性の医師だった。

まずは血液検査をして来て下さい、とのことだった。

他の方のブログで一連の検査方法については予習済みだったので、物分かり良く血液検査へ向かった。

血液検査後、一時間強ほど待たされ、やっとW先生にお会いすることが出来た。

さすがは由緒ある大学病院の絨毛依存症の権威、貫禄があった。

W先生:「hCG、高いね。」

私が座るなり、画面を見て仰った。

それを聞いてすぐに画面の方を見ると、

hCG:1462.5

とあった。

前月のhCGが680だったから、約倍ぐらいだ。

この時、むしろ私はほっとしていた。

というのも、恐らく絨毛癌だった場合は倍程度じゃ済まないだろうと思っていたからだ。

一ヶ月もあれば、hCGは十何万と爆発的に増え、とっくに肺に転移していただろう。

W先生:「恐らく侵入奇胎か絨毛癌であることは間違いないね。ちょっと内診で中を見ておこうか。」

研修医っぽい若い男性医師が一緒に横に突っ立って見ているのが嫌だったが、文句は言えない。

カーテンの向こう側でW先生と研修医が話しているのが聞こえた。

W先生:「なんかこの辺に怪しいのが見えるね。これかな?」

研修医:「…はい。」

W先生:「○ミリくらいかな〜。。」※何ミリだったか忘れました。。

研修医:「…はい。」

「はい」って、この研修医は本当に分かっているのか。。それともW先生が相当怖いのか…?

内診は一瞬で終わり、診察室へ戻る。

W先生:「多分、これじゃないかと思うんだよね。とりあえず、hCGが上がってるので、早急に入院して抗がん剤治療を始めた方がいいね。来週来られる?…一番近くていつから入院予約取れそう?」

研修医:「一番直近で…5/31からっすね。」

W先生:「じゃあ予約しておいて。1週間くらい。で、この後、侵入奇胎か絨毛癌かを決める精密検査をしなきゃいけないんだけど、今日まだ時間大丈夫?」

私:「あ、はい。今日は全休を取って来たので…」

W先生:「(看護婦さんに向かって)今日ってMRIとCTの予約いける?MRIはいけそう?CTは?…来週まで一杯?(私に向かって)来週の月曜日は来られる?」

私:「はい、大丈夫です。」

仕事を優先にしている場合ではないことが、このスピード感から分かった。

W先生:「じゃあ月曜日にCTね。で、連日で申し訳ないんだけど、30日にまた診察予約入れとくね。ここで侵入奇胎か絨毛癌かの診断をして、治療方針も決まるから。」

夫が何か聞きたそうに私に話しかけた。

日本語が全く理解できないながらも、事態は飲み込んだようだ。

入院のことやこれからMRI、CTなどの精密検査を受ける必要があることなどを簡単に説明する。

すると、

夫:「どれくらい治療続くの?」

私:「それは精密検査して侵入奇胎か絨毛癌か判明してからじゃないと分からないって…」

W先生:「なに?」

私:「治療期間がどれくらいかかりそうか、目安はありますか?」

W先生:「精密検査してみないと今は何とも言えない。」

私:「ですよね。」

その日はMRIまで撮り、両親には初めてここで「侵入奇胎か絨毛癌の可能性がある」と伝えた。

ここまでの事態だとは思っていなかった両親も、突然「癌」という言葉が出て来たことに大変なショックを受け、父は号泣していた。

それを見て自分はつくづく親不孝だと、自分を責めた。。

5月30日、臨床的侵入奇胎の確定

MRIやCTの検査を経て、この日は侵入奇胎か絨毛癌かの検査結果が出る日だった。

夫も私も、hCG値がそこまで高くなかったので、絨毛癌であることはそこまでは心配していなかった。

とはいえ、怖くて怖くて堪らなかった。

W先生から呼び出しがかかるまで、待合席で私は会社用のPCを取り出し、仕事に没頭することで現実逃避した。

夫はいてもたってもいられず、やがて立ち上がってその辺をウロウロ。

この日は相当待たされた。2時間半〜3時間の後、やっとW先生から呼ばれた。

緊張して夫と私が診察室へ入ると、

W先生:「また上がっちゃってるね。」

画面に出ていたhCGの数値は

hCG:1878.4

今度は5日で400近くも上がってしまっていた。

上昇のペースが明らかに上がっている。

私の脳裏に「絨毛癌」という言葉がよぎる。。。

続いてW先生はMRIの画像を見せる。

縦にぶつ切りにされた自分の画像はどこか生々しく、気味が悪かった。

W先生:「まず、MRIの結果何だけど、放射線科の専門医の見解は『小さな子宮筋腫が見つかったこと以外、子宮に異常は見られない』ってことだったんだよね。でもね、俺が言及して欲しかったのはここなんだよ。」

と、子宮の前方、上部のうっすらと白く曇った部分を指した。

W先生:「俺は多分、これが病巣だと思うんだよね。で、CTの結果だけど…」

続いてCT画像を取り出した。

W先生:「こっちはまだ放射線医師の見解は届いてないんだけど、見た感じ、転移は無さそうなんだよね。あったとしても、この辺のこの小っちゃいやつ。でも小さ過ぎるから、一時的に何かが溜った物とか、それと判別つかないレベルと思って良いと思う。」

私も覗き込んだが、肺の中にごま粒のような白いものが映っていたが、素人目にはそれが何の物体なのか判断がつかなかった。

W先生:「で、精密検査の結果は、これらの検査結果をスコア化して算出しないといけない。」

…ガクッ。既に算出してくれてたんじゃないんかいっ。

W先生:「臨床的に診断するには2種類の方法があるんだけど…(研修医に向かって)こっちのやり方で計算してみてくれる?俺はこっちで計算してみる。」

と、側にいた研修医と共に、二人で黙々と臨床スコアの算出を始めた。

W先生:「俺の方はゼロ。そっちはどうだった?」

研修医:「こっちもゼロっすね。」

私:(ほんまかいっ!?)

W先生:「本当?ちょっと見せてみろ…うーん、ゼロ…でいいか。スコアを2通りで算出してみたけど、どちらもゼロになったから、診断は『臨床的侵入奇胎』です。」

良かった…

最後の最後で、最悪の自体は免れた。。

夫にも”cancer”ではなく”invasive hydatidiform mole”であると伝えた。

夫も胸を撫で下していた。

W先生:「あくまで臨床だから、本当の所は子宮を取り出して見ないと分からないけど。子宮取っちゃったら困るもんね?」

私:「困ります!!」

そんな、着脱可能な部品のように言われても…

W先生:「なので、治療方針としては、まずはメトトレキサートという抗がん剤を使っていきます。明日は入院で、明後日から投薬開始。5日間投薬して、7日〜10日間休薬して、また投薬…と繰り返して行きます。ネットでもう調べてると思うけど。」

私:「…はい。」

夫:「治療はどれくらいで完了するのか、聞いて!」

私:「大体何クールぐらいで完治するんでしょうか。」

W先生:「薬の効き具合によるから何とも言えないけど、順調に行った場合は5クールくらい、大体3ヶ月くらいで寛解するかな。」

3ヶ月か…3ヶ月なら耐えられるかな。。

先生にお礼を言って診察室を後にする。

抗がん剤治療の覚悟は、産院でhcg上昇の宣告を受けた時点で既にできていた。

絨毛癌じゃなかっただけでも感謝しなくては。。

指示された通り、入院予約の手続きをして病院を後にした。

明日から今年に入って、また人生で2回目の入院生活が始まる…

 

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